在米ゴルフジャーナリストの舩越園子さんは2年半前、ニューヨークの病院で子宮頸(けい)がんの疑いと診断された。帰国して手術を受けるも、「女性」の機能を失うことへの不安や、それを打ち明けられないことに悩み続けた。病を克服した今、自身の経験を『がんと命とセックスと医者』(幻冬舎ルネッサンス)にまとめ、同じ体験に直面する患者を励ましたいと話す。(道丸摩耶)
「宣告」を受けたのは、ゴルフ取材で全米を飛び回っていた平成19年10月17日。誕生日の2日後、付き合っていた男性と別れた直後で、何を言われてもネガティブにしかとらえられない時期でした。
医療ドラマなどでがんの宣告シーンを見るたび、「私は絶対に動じない」と思っていたのに、いざ宣告されたら全部吹っ飛んじゃった。これまでゴルフジャーナリストとして選手の気持ちやいわゆる「人間ドラマ」に焦点を当てていたつもりだけれど、人の心は分からないものですね。これまで、分かった気になって、的外れな原稿も書いてきたんじゃないかな。
母の勧めもあり、帰国を決めました。心のどこかに「日本で検査を受けたら、がんじゃないと言ってくれるんじゃないか」という期待を持っていたのも事実です。11月に帰国してすぐ、高校時代の同級生が勤める大学病院で診察を受けました。普通ならかかるのが難しい大学病院に友人がいたのはラッキーでしたが、診断結果は日本でも変わりませんでした。
12月に手術で子宮頸部を切り取ることに。手術も怖いけれど、何より子宮にメスを入れたら、私の「女」としての人生はどうなるのか、それが不安でした。すがる思いでインターネットを検索したけれど、そんなことはどこにも書いていない。手術の手順はものすごく詳しく出ているのに、性的な話はないんです。
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職業柄、先生のところに行くときは取材メモのように聞きたいことを書いたメモを持っていった。でも、病状の話は聞けても、「手術後の私の体はどうなる? 性交渉はできる?」と、この問いだけが聞けない。先生の医学的な説明が始まると、なおのことそうしたことは聞けなくなる。
患者は主治医に頼るしかなく、見放されたら困ると思いがち。「この人、性的なことを考えていたのか」と思われて、変な治療をされたらどうしようとか、いらないことを考えてしまうんです。進行具合からみて病状はたいしたことはないと分かっていても、気持ちは「女でない生き物になってしまったら、死ぬかもしれない」とまで思いつめていました。
女性としての悩みを初めて主治医にぶつけられたのは、年が明けてから。手術が終わって退院した私は、自分の経験を書こうと決めていました。本の構想を見せたら、先生は私が聞きたいことを分かってくれたみたい。
子宮や卵巣を摘出しても、摘出前と同様に性交渉できるのか。先生の答えは、「脳が働けば可能」ということでした。「子宮や卵巣だけが女を女たらしめているわけじゃないから」って。体の機能やメカニズムが変わる不安におびえていたけれど、「心」が重要だと分かったら一気に気持ちが軽くなりました。
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29歳で渡米し、30代のころは毎日が楽しくて、怖いものはなかった。でも、40代に入ったころから、人生はこうやってつまずいていくのか、と思うようになった。女性にとって、40代は一番不安定な時期。新しいことに躊躇(ちゅうちょ)するようになっていく。そんなときにがんだと言われ、「人生は終わった。二度と立ち上がれないだろう」と思い詰めてしまったんです。
でも、自分が元気になってくると、「人生って単純なんだ。考えるからはまっちゃうんだ」ということに気付いてくる。子宮を全摘して排尿障害に苦しんだ女性に話を聞いたときには、軽度のがんだった私は幸運だったと思い知らされました。
がんになってうれしいとは決して思わない。けれど、あのときの気持ちを思えば、あとのことはたいしたことないと思えてくる。いやな経験を生かしたいと思えるようになったことには感謝してもいいですね。
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【プロフィル】舩越園子
ふなこし・そのこ 昭和38年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店、広告代理店勤務を経て、フリージャーナリストに。平成5年に渡米し、アメリカ国内を中心にゴルフ取材を続け、日本の新聞や雑誌、インターネットなどで記事やコラムを担当する。
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